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活動報告report

スポーツ関連

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最近は野球、サッカーといったスポーツ関連の取材が増えてきました。ダイレクトなスポーツ記事ではなく、周辺取材や引退した選手のルポが多いです。現在、野球モノの書籍を準備中。写真は福岡ヤフードームにて。


東日本大震災

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震災翌日の12日夕刻に東京を出発し、長野から上信越道、北陸道で新潟へ入り、日本海東北自動車道を北上。村上市からさらに田川郡庄内町まで上がり、山形を横断する形で、新庄市に入ったのは午前7時でした。宮城県栗原市、登米市まではスムーズに進めたのですが、そこからは道路が寸断されていて、何度も引き返すことが続き、現地である南三陸町立尻畑地区に入ったのは13日午後1時を回っていました。阪神・淡路大震災でも、地震の6時間後に現地へ入ったのですが、津波の被害も重なった現場はまったくの別世界。取材先で自ら遺体を発見したのは生まれて初めてです。その時は何も感じなかったのですが、東京に戻ってから一ヵ月後に突然悲しくなって涙が止まらなくなりました。知らないうちにPTSDにかかっていたのかもしれません。写真は14日午後3時の気仙沼市・鹿折唐桑駅近辺です。火災が鎮火したばかりで、焦げ臭いにおいが充満していました。


福島第一原発

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初めて福島第一原発前まで行ったのは2011年4月8日午前11時です。当時は検問が緩く、20キロ圏内といえ事実上誰でも入れる状態でした。原発がいつ爆発するかもわからない状態の中でも、正門の前には防護服を着た職員たちが屋外に立っていました。僕らは折り返してすぐに帰ることができるものの、現場で必死になって戦っている人たちの胸中をおもんぱかると複雑な気持ちになったものです。
写真は2011年10月1日のもの。福島第一原発が暴走した際、決死の覚悟で注水作業を続けたコンクリートポンプ車たちは、敷地そばのだだっぴろい駐車場にひっそりと放置されていました。


書籍編集

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書籍は本当に儲かりません。初版部数が年々少なくなっていますし、印税は減ってきている上、支払いも遅くなっています。出版業界自体が自転車操業になってきているのでしょう。
本の制作にはとても手間暇がかかるので、重版がかからなかった場合、同じ時間をコンビニで働いていた方がずっと得だったというようなケースも少なくありません。それでもやり甲斐のある仕事です。書籍に対する偏愛が尽きない以上、続けていこうと思っています。
写真は1981年10月17日のガス突出事故で93人の犠牲者が出た北炭夕張新炭鉱跡地にて。二次災害で火災が発生したため、59人の安否不明者がいたにもかかわらず、坑内に夕張川の水が注ぎ込まれました。この企画も通っているのですが、まったく着手できていません。


Writer,Editor 赤澤竜也

事務所
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東京都文京区大塚3-20-11-602
(自宅は大阪です)